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  08 ,2013

旅と音楽『studio iota label』代表。慣れ親しんだ土地と新たな世界への旅との行き来によって、常に新しい 【音楽】を紡ぎます。【流れるイオタ・Jimanica band set・シェリーズ】


プロフィール

maeda saki

Author:maeda saki
作曲家。ドラム&リズムプレイヤー。旅とカメラと本が好き。
映画音楽的(シネマティック)な曲作りを身上とし、目標は音楽を持って世界とコミュニケートする事。
そこにあるものを楽器に。いつでも、どこでも、いつまでも。

studio iota label 代表

「作曲・編曲・サウンドデザイン・効果音制作」
音楽歴は30年。作曲科卒業後、自身が作曲で参加するバンドでデビュー。
東京・ロンドン・ニューヨークで、セッションドラマー、音楽療法など経て、レーベル運営をしております。
ユニクロTシャツWeb音源制作。ロボット業界のAppleと呼ばれるユカイ工学の「家族をつなぐ、コミュニケーションロボット」"BOCCO" の音源制作。ビデオグラファー向けBGM制作でリクルート大賞受賞など。

「商品・人物・旅行写真撮影」
写真歴は9年。世界中を旅して写真作品を撮っています。
商品撮影、アー写の撮影、CDのジャケ写、企業様の撮影など。
旅と音楽をテーマにしたキュレーションサイト運営を行っています。

「記事執筆・ライティング」
音楽批評誌で「旅と写真」のエッセイを連載しております。
SEO対策のコンテンツライティング。
〈STUDIO WORKS〉

【これからのライブ】
◆7/15 O-NEST《Jimanica band set》
◆7/26 INTERNATIONAL CENTER BROOKLYN, NY
◆7/27 Showman's Jazz Club, NY
◆7/28  Red Lion , NY
◆8/6 音楽の友ホール《メロディオンフェスティバル in 東京 | 鈴木楽器製作所》
◆8/7 ゴキゲンヤガレージ《流れるイオタ》
◆8/23 四ッ谷Doppo《流れるイオタ》
◆9/8 青山 月見ル君想フ《流れるイオタ》
メールはこちらへ(お問い合わせ)

作品
前田紗希×VJ you:流れるイオタsolo set/ 旅の似合う音楽

彩雲ままならぬ / シェリーズ

クロニクル / ria

Intersection O / glow,59
試聴
宣伝
音楽批評「ゴールデン」雑誌 (旅エッセイ寄稿、カヴァー写真の撮影)

robot girl(mp3) / 流れるイオタ

流れるイオタ(mp3) / 流れるイオタ

夕暮れサイケビート(CD) / シェリーズ
studio iota label 旅のマガジン FB
流れるイオタ Twitter
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心のど真ん中には、いつもいつも演奏者が居た。
音大の作曲科だった時の試験は、決められた編成で200小節ほどの曲を書き、

自分で演奏者を見つけて練習し、演奏をするところまでが試験だった!

(確かピアノ二重奏から始まって最終的にオーケストラまで。パート譜書きが死にそう。)


だから私の心のど真ん中には、いつもいつも演奏者が居た!!


「この人に演奏してもらいたい!」と決めると、ワクワクして眠れなくなって、フルエながらお願いした。
まるで恋をしたみたいだった。

 高校くらいからバンドの現場にばかり行っていて、学業での作曲は決して優秀なヒトでは無かったけれど、快く引き受けて演奏をしてくれた人には心から感謝です。


 持て余す情熱に一直線で気持ちだけは火の玉みたいだったので、そのときの曲の録音たちは一生忘れられない財産です、本当に。


 当時演奏してくれた子が、10年以上経った今でも、その時のお礼にと差し上げたマグカップを使っている事を教えてくれて、

「作曲家から演奏して欲しいと言われる事こそ幸せなこと。ありがとう」と添えてくれた。


そうしたら
精一杯だったあの頃の、その試験日の夢を見た。


 演奏者が楽屋で一生懸命練習をしていてくれて、その音が聞こえた私は、涙が出るほど嬉しくて、楽屋まで走って行く。


同時に夢の中の私はとても恐れていた。
学校を卒業してしまったら、無条件でもうこんな、演奏会で曲を発表出来る機会は無くなるのだろうかと。




その晩は、曲は書いていなくて、プレイヤーとして純粋にドラムで参加するライブだった。

それが"あまり人気がないもの"だと、時々不安になる。

「どこにむ向かっているのだろう?」と。

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