特に単館系を始めとした邦画が好きです(*・ω・)ノ
宮藤官九郎 脚本のあまちゃんの劇伴で大友良英さんが注目されたと思いますが、結構色々な映画音楽も書かれてるんですね。 (ノイズや実験音楽のイメージが強い。)
それと同じような感じで、たまたま映画を見ている中で「おおっ!」と思う人が作曲している事って結構あって、
tokyo.sora ・ 下妻物語 ・ 好きだ、 ・ ハチミツとクローバー他、数々の音楽を手掛ける菅野よう子さんはハズレ無し。
少年メリケンサックでは、向井秀徳。
おおかみこどもの雨と雪では、高木正勝。
嫌われ松子の一生では、渋谷毅。
こういうの、たまらないです。
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「反逆のエネルギー」
と言うものから、きっと偉大な音楽は沢山生まれました。
今の私達はそこから生まれたブルースを練習するし、パンクやヘヴィメタルを聞いて安全ピンや革ジャンのファッションを真似したりすします。
フォークを奏でる友人がいれば、レゲエを聴いて踊る日もあります。
では映画音楽と言うのは、リアルな疑似体験なのではないだろうか?と思うのです。
タイムマシーンに乗ったり、宇宙人が襲って来たり、ゾンビがはびこったり、
猫が居なくなったり、ピアノを弾いたり。
それを経験した事がなくても、その状況がありありと浮かび上がって来るような音楽を作っていくのだから。
そう言うとき私達は、きっと想像をします。
それはポップスでもきっとそうで、
ありがとうとか、お陰さまとか、出会いとか、繋がりとか、
幸せとか、愛とか癒しとか、無限の可能性とか、
溢れる母性とか、あなたは私を選んで来てくれた奇跡のベイビーねとか。
そんなもんにはウンザリする時が、誰だってあるのではなかろうか?
そして多くの人は、白馬に乗った王子様や、戦隊ヒーローが現われない事くらい知っています。
でも、王子様が来ないことを知ってるからこそ、人はドラマの中でくらいは、それを望むのではないでしょうか?
ですから、どんなにウンザリしていても、その状況を"共感"してもらうような音楽を作っていくのが、
商業というものですよね。
それに関連して。////////////////////////////////////////////////////////////////
ちょっと心に引っ掛かる映画の多くに、中谷美紀さんが出演している事に気付きました。
中谷さんはエッセイを何冊か執筆されているので、それを読んでみる事にしました。
刑事に詐欺師、娼婦にエルメス、とさまざまな人生に身を任す中谷さんの日常をちょっぴり覗いてみると、
リアルな疑似体験をビジュアルとして体験させる"役者"という仕事は、実に繊細でありながら精神的にタフ。
ひとつの役柄を与えられるごとに、週のほとんどをお稽古に費やし、現地に出向き、寝ても覚めてもその事を考えているという。全てを捧げるのだそうだ。
しかし、ひとつの作品の撮影が終わり、散り散りに部屋に戻った後の喪失感と言えば、まるで自分の一部をもぎ取られたかのようで、その余韻をぬぐい去る時間が必要になる。というのだ。
「ひとつの作品に携わることはまるでひとりの人を愛するかのように愛しく、切ない。」
と書かれているのを読んだとき、
「ふむふむ、なるほどね。分かる!同じじゃないか!なんて表現力なんだ…!」とため息が出ました。
ミステリアスな雰囲気がするけれど、とても、"女前"な人だなと思いました。
そして、
「 撮影が始まれば、朝から晩まで、時には朝から朝まで自らを哀れに思うほど働き続けるのだけど、ひとたび撮影が終わると失業者も同然。次にいつ来るとも知れぬ仕事を待つ間は暇でしょうがない。
いつだって見出しては失い、出会っては別れるの繰り返しである。」
というのも実にリアルで、
大女優でも、売れない音楽家でも、
誰かと関わりながらモノ作りをすると言う時に感じる、
思いと言うのは一緒なんだ。
と言う事が垣間みせてもらえたのでした。

「サンタさん、プレゼントありがとう!」
と思ったら…ちょっと泣いてもいいですか?

* Nikon D40x